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「俺はこう思う」禪「私の考へ方」-16

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-04-09

 

ウルサイ音、ウルサイ言葉の中で連續的緊張症になって、音痴ノイローゼになってゐるんのさ、だから、寝床の中で、「アナタ!!あの手形の事はどうなさいます」「あそこの借りはどうなさいました?」これも連續的緊張症の現はれ、これではオヤジの金玉も上いたり下ったり。やり切れないね、奥様曰く、「私は内助の功ざます」やめやがれ!!もう少しゆっくりさせてくれ!!なのだ。


こんな人が来たら、俺の道場でなら、ゆっくり寝させてあげたい。そして、朝、あの大空を眺めさせてやりたい。木の葉でも眺めなさい。天地の悠久を見なさい。


そして、私のお経を離れで靜かに聞いてゐなさい。何時から、俺はこんなにバタバタの生活をしてゐたか考へなさい。それから、一切を忘れて、「靜か」の中にじっと這入りなさい。忙しさの為に忘れてゐた自分をそうっと思ひ出すのさ、自分と逢ひなさい。なつかしいものだよ、此の自分の自分と逢ったら、しっかりと手を握り合っ離れなさんな」と教えて上げよう。


「先生、水上温泉に行って来ました。」「それはよかった。ゆっくり、のんびりしたでせう」「いやいや、どうしてどうして、手形の事を考えるとゆっくりも出来ませんや」


それじゃ、わざわざ水上の地獄の釜まで這入りに行く必要あるまい。そんなに遠く行かなくとも、一日一回でよい。「何とでもなれ」と、仕事も、女房も、借金も放り出した気持で、ごろんと大の字に寝ころんでみなさい。そして深呼吸をするのさ、これが俺の「寝禪」だ。


でなかったら、子供と大きな声で騒ぐのさ、オヤジらしく威張って居るから疲れるのさ、不良防止の「日に一度、子供とあそぶよい家庭」の標語は子供の為ばかりでない。
 

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