「遊ぶなら川向うであそべ」これが金もうけのコツだなと思ったことがある。
先日、欽関氏が来る、お互ひ暫くお喋りして、「先生、どじようを喰べに行きませんか」どじよう屋は兩国橋の袂のところにある。俺は田舎の汁椀の中にひっくり返って、いっぱつて居る拇指大のどしようとを思ひ出して、懐かしくなった、一緒に出掛ける。
橋のたもとには、「ももんじや」もある。猪屋なんだ。一回、試しにと思って居たが、先日猪が鼻を軒にして、大の字にぶら下って居るのを見てから、どうもアムアムしたくなくなった。
残念乍ら、どしようやは休みで、橋の上に出る。
文字通りの墨田川で眞黒い水がドブリドブリして居るが、向側の料亭の灯が綺麗に寫ってゐた。
橋を渡って、蟹料理の二葉に上る。
「あいにく、川に向った部屋がございませんで」で「よいさ、どこでも」、これが靜かな雪の降る夜、椎茸たぼの手を引いて来て、川にむかった四丈半なら㐂しく盃ももてるもの、今夜は男同志だ、何處でもよいわさ。
女中をからかひ乍ら呑んでゐる中に、どうした話のはづみか、某家の息子の噂さが女中の口から出た。「おい、君は彼を知ってるのか」と驚く、土地っ子だから、此処へ呑みに来るのは判るが、でもこんな処の女中にまで、可愛らしいが一面憎らしいあそびが覚えられて居るんでは困る、なる程、「あそぶなら川向うで」と悟った。
