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「俺はこう思う」 よろめき-6

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-04-22

 

士農工商と押え付けられ、士は金がなくても、馬鹿でも威張って居られたから良いが、切角の才能あり乍ら、職業の変化さへ許されず、百姓は百姓、水呑みは水呑み(百姓にもこう云ふ階級が實在した)、職人は職人親方は親方と世装になって、その才能が發揮されなくなると、別な方にそれが爆発して行った。游女吉原の存在がその一つ、文学や芸術には西鶴、歌麿、歌舞伎、等々が求めるものがあって、與える者があり、天才がその力を發揮したのは教える程しかない、實に此の三百年は、平民が農工商が自分達の生活を作り出した時である、圧迫に対する抵抗なのであった。


その一番見事なのは、吉原文化なのである。義理人情の苦しさ、と甘美を歌った新内は、名誉や金や地位を無視した大衆の聲ではないか。この新内の骨子はよろめきなのである、よろめき万歳だ。!!


支那には一夫一妻と言う制度はない。古代には三姓を娶ると云って、三家から嫁を迎えた。その嫁にも年上、年下の二人の侍女が幼い時から一緒に育てられて、一緒に付いて来る、これを”妹”と云った。これは嫁の代理も相ひ勤める可く候で、全部で九人、羨しいやうだが、支那の君子諸君此の九人の女の操従には苦心したう、そんな支那の事情が、徳川幕府御用学派の朱子学派の連中が何とか仕ねばならぬと、家長制度を立てる為に一夫一婦そして、道徳を政治に合はせた。
 

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