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「俺はこう思う」 三日坊主-1

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-04-25

 

俺の若い時、特に十九から二十二頃までは、母からも兄貴達からもよく、三日坊主と云はれた。


何か探し出しては一生けんめいになる、夢中になる、寝食も忘れる、徹底的にやるかと思うと、パッとやめて終うんだ。三日坊主だからいけないいけないと云はれたけれど、俺はそんなに悪るい事だとは思はなかった。只忙しかったさ、弓を習ってもそうだ、繪を習ってもそうだ、お琴は文字通り三日で止めたね。天理教にも熱中した。教士になるやうにとすすめられたからハハーンと笑ってやめた。剱道も七つの時から、二十三の時、警視庁に這入って教師になれとある署長がウルサイので、それまでの警察の道場廻りはやめた。


其の頃は、よく鏡とニラメッコをして、テメイは何だと苦しんだ、このツラは何仕事に似合うかとね。その頃の考へぐせが今でも残ってゐるのか、今でも、どうしても三日坊主が悪るいとも思はれないし、やめられない。


例えば四五年前(十年前)將棋に凝ってね。新聞に出てゐた詰將棋が出来そうでどうしても出来ない。その切抜きを前にして朝から夜まで二日考えたね。判らない、口惜しいから、將棋の駒を買って来て、武者修業だ。友達の仕事をやってる処へ行って、おい休めと云って、袂から紙の將棋板を出して駒をならべる、好きな奴も方々に居てね、結構一週間くらいグングン歩るけた。


めしも食はずに歩るくんだ、何処へ行っても負ける、従弟のヤツなしか、「どうしたら負けてやれるか!!」てな調子、俺に勝ったら怒るぞと初から恐迫して置くんだが矢張りだめだ。十日程もやったら、女房が青い顔をしてとめたから、やめた。一事が萬事この調子。悪るい病気かな。でもいつも何かに熱中してやって居ないと淋しいだ
 

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