子供一人を育てるのも大仕事なのだ、御主人は会社で働いて、どんなにして居るか知らないが、家庭の良さ主婦には、本を讀んでゐる暇のないのが本当だ。
「児眠りて春陽靜かにく流しけづる」とは俺の句だ。出来たら、琴もよい、三味線でもよい、毎日一刻を限って、正しい調子の弦の音をしみじみと聞いたらこれが本当の救ひとなるであろう。
俺の若い頃は、竹刀を振って暴れ廻った。クタクタになって、竹刀が電柱の様に重くなるまで撃ち合う、汗ぐっしよりになって稽古を終る、その時の気分の明るさ、自分の力の強さが勉強の圧迫から解放してくれたのを覚えてゐる。
会社の帰りに、小唄を習いに行く、長唄でも、何でもよい。その習う一時が何も彼も忘れさせてくれるのだ。高山植物を養って居る人もある、將棋所へ行く人もある、
その時こそ、地位も金くりも、家庭をも忘れて、そのよろめきに没頭する、これが大きな解放なのだ。能なしはパチンコに行く、映画に行く、此の一時は自己を忘れて居る時だ、 そのときこそ、一人ポツンと孤獨になって休んで居るときなのである。世の中が住みにくくなる、苦しくなるに隨って、刺激のある中に這入って、一人になろふとする、だから、娯楽設備が大きくなる、
よろめきも本当は一人になる為の手段なのである、それを貴方!!貴方アナタとやられてはたまらない。女房からさへ逃げたくなる。芸者は、社長として迎えない、学者として迎えない。唯の男として迎えるのだ。
「世の中で一番怖いのは女房だろ、俺はそれから逃げて居られるんだぜ!!」
これは、俺の負け惜みである。
