後日、一枚の色紙に書いたのを頂いた。櫻の花の枝に雀がとまって居る絵である、春のぽつとりとした絵であった。
お禮に参上、相変らずコタツに這入って、絵筆を持って居られた。床の間にあの櫻と雀の絵が四五枚ある、図柄も色も、はなびらの散る形さへ、甲乙丙丁なしに全部同じだ、寫眞に寫したみたいなのである。
“今日、日暮里に行ったんですよ、行きつけの本屋でこれを手に入れて来ました”見ると、月刊雑誌のキングや日の出や主婦の友や週刊雑誌の中の綴込みの画なのである。
そして、今、老人の画いてゐるのはその中の一枚なのである、模寫して居るのであった。刻明にコツコツと同し形に模寫して、同じ色に塗る、昔の絵師はこれを紡本と云って、それを多く持つことが大切だったのであり、又、模寫することこそ、画技を磨き、筆法を習ひ、絵の持つ心を知る大切な手段なのであった。
然しこれは、あくまで習う為のものであって、書く為に書くものではない。
俺も絵を習った時には、いろいろ彩本を集めたし、良い絵を持つ家に行っては、模寫させて頂いたが、それを自分の絵にはしなかった。筆勢と絵の心と、アクセントを親しく知る為には模寫してみる事が大切であっただけである。
今、此の老人は、それを刻明に眞本と同じ大きさに画き、同じに色を塗り、復製して居るのであった。
これでは、淸方の美人画も出来るし、鉄斉の南画も出来る訳だ。『御注文で何でも書けます。』私は漸々納得したのである。
繪を書いて居るのではない。此の人は「画工」なのであった。だから、絵は出来上がっても、只画かれたもの、其処には「生命」が這入ってゐなかったのである。そして、お手本が無ければ画けなかったのだ。或る絵の先生、一本の筆でサッサッと書く、立派だ、上手だ、そして幾枚書いても同じ形に出来る、花鳥人物風景弟子によって、いろいろ書いて與える、毎日書いて居るから、その筆勢は見る目にも美くしい。然し此の先生は、自分獨創の絵、獨創の筆法は持って居なかった。師匠から教はった通り器用に描くだけ、
