若月佑孔の記事一覧

「俺はこう思う」 繪と人生と-3

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-05-14

 

その地塗りを上手に正しくするか、ぞんざいにするかで繪全体の仕上りが違って終うし、地塗りの色の想定も大切である、


黒一色に塗るのもある、赤一色もよかろう、朱のはげしさも面白いし、水色の靜けさも尊い。さて、其の上に画かれた絵が地塗りに調和するか、しないか、繪の良さが、企圖する作意が現はれたか、失はれかた、良く考へなければならない。


人生では、二十五六才まで地塗りの時であろう、又、十四五才まではカンバスの大きさの決定期であろうか、カンバスが麻布であるか絹であるか、紙であるかそれも、唐紙か和紙か西洋紙かによって、畫かれる繪の構想も繪の具も異ってくる、案外この紙ではなく、麻布でなく、ボロの上に書かねばならぬ人もあろう、


このカンバスの素質とは、その人の体質的な強弱と、大小、性命的な特徴であるが、性命的な特徴は画は書き初めるころになって現はれるのであるから、むしろ此の頃は身質と、四囲の環境によって作り出される。


次の二十四五才までは地塗りの時期、この地塗り正しく、良くなくては、精密な繪は畫けない。


十四五までは「躾」の時期であり、二十五才頃までは勉学修養練成の時に当る。又、二十五才位いまでは、絵が畫かれなくとも良い。企圖の決定がなくとも良い、地塗さへ立派なら、「尊い」ものなのである、躾と教養が立派なら良いのである、繪は何時でも畫けのであるから。
 

元の記事