管子曰く、湩然として鼓を撃てば士、忿怒し、鎗然として金を撃てば士師然として死を輿し傷を扶け爭ひて進みて、止むなきは。
重祿ありて口に食用を満たしめ、重賞有りて手に銭幣を満たしめんが為にして、利に動かさるるにして、父母の仇より大なるに非らざるなり、重祿、重賞の使うところなり。
故に舜祿、隨はざるときは、臣、忠を為さず中軍に戰ひを行うも委予の賞隨はざるときは士、其の陳列に死すことなし。
※要するに、兵隊は敵を仇敵と憎んであの危い刀の下で戰ふものではない、勝てば賞祿を貰へるからである賞祿を委積、予備して見せなければ決死の形をせぬものであると云うことである、「ゼニコで働らかせろや。
