コケコッコーと鷄が鳴いて、遠くの山裾の村でワンワンと犬の吠えるのが、耳許で鳴くやうに響いて来る靜かな冬の日だ。雑木の大木の下の道を、キツツキのコンコンと幹を叩く音をきき乍らその部落に這入ると男が着物を縫ってゐたし、女がカラカラと箕で豆をふるって居た。お土産に、彼等の慾しがってゐた軍手をやって、その家の庭にボンヤリ靜かに坐る。
鷄犬相吠、人絶不往来 と云った老子の言葉そのまま、家も、山も、青空までがカランとして幾千年前と同じに靜かなのだ。
今でも、孔子様、老子様が歩るいて出て来そうな、日日、月月、年々相同同じに、過ぎて来てゐる村だ、日が出て、日が暮れて、春から夏に毎年同じやうに、人達も生れて、死んで、ひっそりと只それだけ、進化も何もない、靜かなくりかへし、全部がストップして居るのだ。
三十分程で恐ろしい様な孤獨感になって、叫びたい泣きたい様な気分になったっけ。そして、俺は到底こんな靜かな所には住めないと思った。余り靜かすぎる、何も動いてゐない。空虚だ。そして日本のザハザハした生活、そら勉強せい、そら修行だ。そら修行だ。それ出世しろ、そらそら失敗、と動いている生活の方が俺にぴったりして居るんじやないかと思った。
