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「片片草」 狼-1

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-06-13

 

十五年も前のことだが、戰爭から帰って、俺の禪の師匠、大串老師に逢いに行ったら、早速「お前は戰爭に行って何を感じて来たか」ときた。俺は言ったね。「狼」と、「狼だけでは判らん、もっと言へ」「戰場で頼りになるのは、自分の手足だけだと知ったんです」と云うことから始まった。


夜、眞黒の闇の中に歩哨に立つ。近寄って来るのは、敵か味方か、味方と思っても油断はならんぞ。彼我入り混じっての戰線なので始終隣りの中隊では忍び寄った敵兵に歩哨が攫はれて居る時なんだ。


こんな時、頼りになるのは、自分の眼だ、自分の耳だ、そして、自分のゲンコツである、ドンと一發、早いか遅いかで生と死と分れるのだ。


此の時こそ、今までの学問、智識、社会的地位も、家柄も、叔父が金持ちで、親が將軍で、兄貴が検事正だって、何の頼りになるものか、此の死に神が呼息する風の音をきいて、天と地との間にはさまってゐる小さい小さい生命を生きぬく為には、そんなものは、何の足しにもなりはせぬ。只、俺の目だ、耳だ、歯だ、手だ、一個の動物だ、動物として、一匹狼としての自己になり切って、初めて生きられる、地位や名誉なんて、又、親兄弟なんて、遠い遠い関係のないものだ。


ハッキリと狼になり切ってこそ、生きられる。
ところが、世間、世俗の生活はどうだ。やれ親の地位だ、縁故だ、兄貴の保護だ、叔母さんの存在だと、いろいろのものを期待して、それが自分だと思ひ込んで、その中でクヨクヨとうごめく。だから、苦しくなれば、それ相談、切なければそれ叔父さん、困れば兄貴兄貴、そして、其処に何等自己が無い。


そして、其処には、自分の目、耳、頭が働いて居やしない。
 

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