腕力は最后の解決策かどうかは知らないけど。此の私は、最初から使った。但しケンカではない。
東京に十年前、フラリと来て、「易者でございます」親類も緣者も知己もない。腕一本スネ一本、これでは歩けないが、兎に角、頼るのは弱い頭と、丈夫な躯、一生けんめい歩るき廻る。飽きずに、そして、疲れたって、寝て起きれば元気が出るんだから、ワッショワッショで思った通り押し通した。
貧乏人には、頼るのは、自分の躯の馬力だけである、「おしやべり」と云う本を書いた時も、此の本も、原稿書き、ガリ版切り、印刷、製本みんなコツコツ。頼るのは、「腕力」だけ。自分の力で飽きずにやるより仕方がない。
家屋敷がお金と云う資本があるならいいが、そうでなかったら、自分の体力とネバリが資本である。ああなれ、斯ふなれと思ったって、牡丹餅が棚の上にあったのは、のんきな昔の日の永い頃、何より、今の私には、腕力より方法がないのである、だから、最初から、最後まで、「腕力バンザイ」。
「お金は腕力、頭力では儲るものではない。お金はお金が生み儲けるものである」と人に教へ乍ら、皮肉なこと。
