もうよかろうと目犍連は「お婆さんや、何か布施をしてくれまいかの」と云ひました。お婆さんは、急に吾にかへって、「有難いお坊様と思ひますが、此の死にかかって居るばばあには、この通り粟一粒も、ボロ一つも差し上げるものはありませなんだ」「いやいやそうではない、其では俺に其を供養しないかや」目犍連はゆびさしました。
お婆さんの枕許には、きたない鉢の中には米のとぎ汁が這入って居ります。どこから貰って来たのでせう。ブンと腐った匂ひです、鉢のフチには蛆虫がはい廻ってさへ居るのです。
「これでございますか、こんなものをでございますか」
「ウン、それじやよ、それで良いのじや」
「これをと申されますなら、差し上げますが、もったいなうございます。とんでもない事で」
「いやいや貰うよ」と目犍連は鉢を取り上げて考えました。
”まてよ、これをこのまま持って帰ったら、此のお婆さん、きっと、どこかへ捨てて終うと疑るだろう、「よし」”と思って、其のまま、ぐっーと美味そうに呑んで終いました。舌皷まで打ったのです。
お婆さんは、「あヽもったいない、有難いことだ」と深い感謝の気持ちを起しました。そして、フッと呼吸が切れて死んで終ひました。
一生涯、人を疑り、人を憎み、怒り、うらんで過ごして来たお婆さんの最後の一瞬間は深い感謝を経ました。
それは、美しい、柔らかなよろこびにあふれた死顔になってゐました。目犍連には、その魂が綺麗な小鳥になって、天上界に登って行くのが見えました。
