「刀の研ぎはどう云うのが良いのですか?」ときいた時がある。ギロリと眼をむいて睨み付けて、「刀は光ることが切れる事じやないワイ」と、今では本当に有難い教へあったと思う、
「刀を鍛えるにね、本当の地金が無いんで困るんだよ」とも云ってくれた。
刀は光るばかりでは切れるものではない、地金が立派で正しく鍛鍊が出来た刀でなければ役に立たない。
戰国時代に武士達が、いのちをかけ、武士の意地をかけた刀劍は、今の様に”三枚とぎ”で鏡の様に美くしく光って居ただろうか、ちよっと考へられない。
あの頃は一戰毎にゴシゴシと武士達は自分で研いで使ってゐたのではないか、ただ、切れればいい。丈夫なら良い、使い易ければよいのではなかったか。一度戰陣に出る、水にもっかる、雨にも逢う、或は海水の中にももぐる事もあったろ、木も切る、竹も切る、馬も切る、その頃は明澄鏡の如きものを用ひられたろうか、ほとんど山刀、鉞の如きものではなかったろうか。
