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「片片草」 第三国家-11

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-08-18

 

アメリカ合衆国は、集まった人々の依り、新らしいアメリカ的な「掟」第三国家の動きが出来た頃、英国の支配を脱する獨立戰爭となり、アメリカらしい国憲の制定の為には南北戰爭が行はれ、欧州大戰になって、有名なモンロー主義宣言が行はれた。


これはアメリカとしての「第三国家」を作る為のものでなくて何であろうか。


中国の第三国家としての「中国の根情」は何か、朝鮮の朝鮮としての生き残るべく中国にも日本にも抵抗して来たその第三国家としての根情は何か、又、日本として、外国の文化、文明武力への抵抗を第三国家としての根情を何処に求めればよいのか。


「皇室の尊嚴」に求めるのか、それは皇室自らそれを否定して終った。日本の歴史にか、然しそれは戰後、学者達が日本の歴史の尊嚴を破壞し去って終った、佛教にか、この佛教は日本に渡来以来、日本獨自の祭祀に侵入し、変形され、又自ら変化して来てゐる。日本佛教となって居るが、此の佛教はタイ国のやうに、現代の吾々の生活を規制して居るか、導いて居るか、佛教家の中で、誰が大衆の世論を指導して居るのか?


日本の家族制度の回復?それは、神道の回復と同じやうに無意義だ、何故なら、現在の日本の経済状態は、家族制度そのもの、家族感念すらも保持出来ぬ様にして終ってある。


只一つ、我々祖先が作った文化、日本文化が残ってゐる、支那印度からの文化、西欧の文化を取り入れ乍ら、我々の祖先が作り出した文化芸術の中に、日本人としての根情が脈々として残っては居ないか。


これを掴み取ることが、第三国家保持、日本が日本らしく、又、小さく、俺は俺の生き方を持つことこそ、個人の第三国家であると思はないか。
 

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