◯この第三国家は印度ばかりではない。
シンガポールに居る頃感じたことであるが、英国人は、マレー人支那人から、その土地、事業一切を奪って居たが、彼等の祭祀には干渉して居なかった事である。先祖傳来の山も、工地も侵し取られ乍ら、マレー人達の温和しくして居たのは、その祭祀の自由が許されて居たからである。その祭祀を通じて、個有の風俗も、考へ方も許され、彼等の團結も行はれてゐたのである、若し、この祭祀に干渉されたならば、死と全滅を賭けてまで抵抗するに相違ないのである。
英国の政策としては、如何に経済的に拘束が完全になっても、出来ても、其処まで手を觸れたら猛然と反撃されることを知ってゐた。
◯昨年は上野の松坂屋で「古代パキスタン文化展」を見た。
立派な芸術品の陳列であった。その石像の彫刻は、類のない精密さと気品にあふれたものである。ところで、今のパキスタンの住民達は此の芸術の後継者であろうか。此の古るい芸術品は砂漠の砂の中に埋れて居たのが現はれたものである。此の芸術を作り残した人達の後裔達はどこへ行ったのだ、現在のパキスタンの住民は其の後に来た住民である、その文化、芸術の永継者ではないのである、純然たる他人なのである、それでは、パキスタンの固有の文化とは云はれない。
