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「片片草」 地獄談義-8

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-09-05

 

痴とは自分と自分の女房、子供のこと以外に考へられないこと、自分の女房、子供ばかりが可愛いいんで、他人の子供なんでガキに見えるのさ。父性愛母性愛とも云へやうが愚痴も言葉をかへると母性愛とまでなる。


餓鬼にくらべると、此のグチは粒が小さい。自分の生活が主なんだから、罪もない様だが、どうしてどうして大して悪るい奴だ、グチとはナメクジみたいに陰気なところが好きだと見えて、暇があると、グチグチこぼす、陰気な声で、陰気な言葉使ひで、家の中を暗く、陰気にして終ふ。自分ではナメクジみたいに暗い陰気のところが好いんだろうが。四囲の者がたまらないよ、近所迷惑だ、又、此のグチにはメス、オスの区別が付かない様だ、一日中小さい事をグチグチ云ってゐて、月末になると女房の付けた家計簿にバチバチと器用にソロバンを入れて、又グチグチ、毎日使ふお金にまでグチのおまけを付けて出す。一年三年、五年とたつと、そのナメクジが大きくなって、家の中にデンと納まって、家の主みたい、子供達もたまらないから、逃げ出して、ババア一人残ったなんて、ナメクジの標本になりそうだ。


畜生、犬や猫を畜生と云うが、犬は三日飼ったらその恩を忘れないと云うが、人間の畜生の奴は、それ以下のものなんだ、五年や十年世話になった勤先を裏切るなんてお茶の子サイサイだ。人助けだ助けてくれても良いでせうなんて、恐ろしい言葉で強要して、自分だけ良くなれはプンとも来ない。何時もしやくにさはいてゐるのは此の俺だ。
 

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