若月佑孔の記事一覧

「片片草」 地獄談義-6

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-09-03

 

これも、俺が俺が、悟り切った様なツラをして、裏では、ゼニコ、女だ、地位だ名譽だ。それで浅草の坊主に構はれて死んだ女もあると云う。頭を丸くして袈裟をかけた天魔もゐるし、アルバイトの家庭教師にも小天狗がある。腕も出来てゐないくせに仕事の撰り好みする職人天狗から、材料のことばかりグツグツ云ふ技前天狗もゐる。みんな天魔の一族である。


こんな天魔、修羅鬼餓鬼畜生が、人間の皮をかむって、貪、瞋、痴、頑、鈍と音楽をやってるのが娑婆だ。


一人で木っ葉屋根みたいにそり返って威張ってゐるなら可愛いいところもあるが、知ったか振りで人の生活に干渉したがる天魔が一匹でも家の中にゐるとウルサクなる。


のんびりしてゐればよいのに、朝から夜まで、コセコセコセコセそら損した得したの修羅根情の奴、大阪商人によくこんな奴がある、寝ても起きてもコセコセコセ付いて、切角酒を呑んでゐるのに、若月さん、あれの九十五円は安い、せめて九十七円なら、なんて云ひ出す、百円のものを、九十五円と紹介して、本人もよろこんで承知し乍ら、一ぱい呑むとこれだ、そんなら止めろ、納品する必要はない!!俺は怒って終って、何百万円の取引がオジヤンになった、江戸っ子にはこんな妙なのは居ないね。さあ呑め呑めとなったら、さっぱりして居る。


鬼がゐてね。何でもかんでもに怒って怒鳴る。馬鹿の條件として、一つ、何も原因がないのに怒ること、二つ、云って良いことと悪るいことに区別が付かぬこと、三つ、相手の気持なんが考へずに喋ること、なんだ、馬鹿とは低能のことではない、悧巧すぎる奴のことだ。
 

元の記事