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「片片草」 管子解

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-09-07

 

地、重くして、人載すれども、毀敝して、養ひ足らず、
末作を事として、民之を興す。

それは、地味も良く、土地の廣さも古代のまま同じであり、春秋の変化も同じくめぐり、人も多く、又、栽培もするけれども、人君が民の農事をする時を奪って、いろいろの事に使役し、農耕の時を失はしめ、又、重く祖税してそれを奪ひ取るが為に、民は常に貧しく、自らをも養へなくなって終った。


斯ふなっては、民は農と云ふ本業を捨てて、末作たる商工業に付いて、楽な、そして、目前に利益の擧る仕事に働くやうになる。


農地はあっても顧みられず、農民が別な生活に走って棄てられた農地は租税の代償として政府に没収され政府は土地を所有して耕作する者が無ければ無に等しくなる。

◎此の事は一つの会社の経營に於ても云はれることである。切角よい地盤と使用人を持ち乍ら、その時宜に應じて使用人を活用することが出来なければ、事業は進展、不安定もしなくなって終ふ、「農民の時を奪はないやうに」使用人の活動力を社長の一存で奪ってはならない。又、社長の気に入る事を愛し、重用すると、その社長に近い部下は社長の意に迎合することばかり考へ行うやうになる。この事も民の時を奪ふことになる。又、社長の余り目のとどかない処の部下は、「どうせ働いても、気に入られやしないさ」と、敢て、骨の折れる仕事に進まなくなる。これも民の時を奪った形だ、これでは、どんなに多勢の使用人が居ても少くない人數と同じになる、どうして事業が盛大になろうか。
 

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